脂質異常症
脂質の代謝
食事から摂取した脂質のゆくえ
脂質はそれ自体水に溶けないので、水分である血液の中ではたんぱく質と結合して運搬されます。この脂質とたんぱく質が結合したものをリポたんぱく質といいます。リポたんぱく質は、たんぱく質やリン脂質の水に溶けにくい部分を外側にして、内側に水に溶けないコレステロールやトリグリセリドを封じるような構造をとっていて、まんじゅうやおはぎの様な構造をしています(図1)。
図1 リポたんぱく質の基本構造
リポたんぱく質の種類と性状
リポたんぱく質は、内部に保持している中性脂肪やコレステロールの量ならびに機能などによって大きく4つに分けられます(表1)。脂質はこれらのリポたんぱく質により体内で必要とされる臓器に輸送されます。リポタンパク質粒子は大きさ、比重、組成が一定していないので、表にはおおよその組成割合を記しました。
表1 リポたんぱく質の分類と特徴
血液検査でのLDLコレステロールは低比重リポたんぱく質(LDL)に含まれるコレステロールを、HDLコレステロールは高比重リポたんぱく質(HDL)に含まれるコレステロールを測定しています。
正常なリポたんぱく質代謝1,2,3)
図2 正常なリポたんぱく質代謝
コレステロールの合成と代謝の調節
食事から摂取されるコレステロールは1日300~500mgで、1500~2000mgが体内(50%が肝臓でつくられるがすべての細胞は自らコレステロールを生合成する能力をもっている)で合成されています。コレステロールの生合成は血漿コレステロールレベルにより、肝臓でHMG-CoA還元酵素活性を制御することにより比較的狭い範囲の濃度に調整されています。コレステロールは、細胞膜の主要構成成分として、また胆汁酸、ステロイドホルモン、ビタミンDなどの前駆体として必須な脂質です。
食事由来の脂質の吸収
食事由来の脂質は、十二指腸で胆汁酸によって乳化され、膵リパーゼの作用を受けて小腸から吸収されます。吸収されたモノアシルグリセロールと脂肪酸は再びトリアシルグリセロールに合成され、カイロミクロンを形成し、リンパ管に入り、鎖骨下静脈で血管に移行します。
脂質の消化に使われた胆汁酸は95%以上が小腸から回収され、再び肝臓に運ばれて腸肝循環します。
コレステロールの吸収と代謝
食事由来のコレステロールと胆汁由来のコレステロールは、小腸粘膜細胞表面のNPC1L1というたんぱく質に特異的に認識され、小腸粘膜に取り込まれます。細胞内ではコレステロールエステルに変換されて、リン脂質とともにカイロミクロンを形成し、リンパ管を通って鎖骨下静脈に移行します。
リポたんぱく質代謝
カイロミクロンは、リポたんぱく質リパーゼ(LPL)の作用によってトリアシルグリセロール含量を減らし(各組織に遊離脂肪酸とグリセロールを供給)、最終的にカイロミクロンレムナントとなり肝臓に取り込まれます。
肝臓で合成されたトリグリセライドやコレステロールはVLDLとして血液中に出現し、IDLを経てコレステロールに富むLDLとなり、肝臓を主とした全身の組織に取り込まれ、コレステロールを供給します。HDLは各組織で余ったコレステロールを回収し肝臓に戻します(図2)。
脂質異常症の発生機序
以上の代謝のなかで多くの種類の酵素やアポタンパク質(補因子が結合することによって活性化され機能を発揮するタンパク質)、受容体(刺激や信号を受け取る構造)などが使われています。そのどこかで欠損や異常をきたすとリポたんぱく質の産生亢進や分解、取り込みの低下が起こり、脂質異常症が生じます。つまり、本来厳密な制御機構により恒常性を保っている脂質代謝が破綻し、血中の脂質濃度が上昇した状態、あるいはHDLが低下した状態が脂質異常症です。
このリポたんぱく質異常は、遺伝素因に加え、食習慣の欧米化(脂質が多い食事)、食事量過多、運動不足、肥満(特に内臓脂肪型)、喫煙などを原因として発症します。
動脈硬化性疾患発症の機序
血管の内皮細胞は多くの生理活性物質を分泌して、血管の弛緩や血栓形成など血管壁の種々の反応に関与していますが、動脈硬化は血管の機能を円滑にすすめる要である血管の内皮細胞が傷害されることから始まります。
図3 動脈硬化プラークの発生と進展
動脈硬化巣のプラーク内部にはコレステロールが沈着し、このコレステロールはLDLコレステロールに由来するものであることが判明しています。そのため脂質異常症の診断と治療ではLDLコレステロール値による評価を重視しているのです。LDLコレステロール値が高いと、酸化されるLDLコレステロールの量も多くなると考えられます。
また、レムナントリポ蛋白やsmall dense LDLは2型糖尿病やメタボリックシンドロームなどで上昇することが分かっています3)。レムナントリポ蛋白やsmall dense LDLを減ずるためにはその原因である耐糖能異常、高TG血症や内臓脂肪蓄積を是正することで目的が達成されると考えられます。つまり生活習慣の改善が重要です。
脂質異常症の診断基準
脂質異常症の定義
日本動脈硬化学会のガイドラインでは表2のように定義されています。
表2 脂質異常症スクリーニングのための診断基準(空腹時採血)
日本動脈硬化学会 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版3)より
健康診断の基準値にも用いられている診断基準値(表2)は、スクリーニングのための基準値であり、疫学調査などによりこの基準を超えると「将来、動脈硬化性疾患、特に冠動脈疾患の発症を促進させる危険性の高いレベル」として設定された数値です。薬物療法開始のための基準値ではありません。しかし、境界域を示した場合は、糖尿病や慢性腎臓病など動脈硬化性疾患発症リスクの重複がないかをみて、治療の必要性を考慮します。
また、一般検査で空腹時に測定するのは、トリグリセライドが食後に上昇するからです。
※ LDLコレステロールは、Friedewaldの式(LDL-C=TC―HDL-C―TG/5)または直接法で求めます。
※ TGが400mg/dl以上や食後採血の場合はnon-HDL-CかLDL-C直接法を使用します。ただし、スクリーニング時に高TGを伴わない場合はLDL-Cとnon-HDL-C(TC―HDL-C)の差が+30mg/dlより小さくなる可能性を念頭においてリスクを評価します。
脂質異常症の分類
表現型分類
脂質異常症の病態は、リポたんぱく質の増加状態により分類されます(表3)。
表3 脂質異常症の表現型分類
(脂質異常症診療ガイド2018年版1)より
病因による分類
脂質異常症の病因は、原発性(病態や遺伝的素因により発症)と続発性(他の基礎疾患や薬物使用に基づいて発症)にも分類されます。
原発性脂質異常症
LDL 受容体の遺伝子異常やその関連因子の異常による家族性高コレステロール血症などが代表疾患です。
続発性脂質異常症
糖尿病・甲状腺機能低下症、内臓脂肪型肥満などの内分泌疾患や、副腎皮質ステロイド薬・経口避妊薬の使用時などによって二次的に発症したものをいいます。続発性脂質異常症は、原因を治療もしくは除去することにより改善することが多いです。
脂質異常症の管理及び治療方針
脂質異常症治療の必要性
脂質異常症では自覚症状を起こすことはほとんどなく、健康診断により指摘されて受診するケースがほとんどです。脂質異常症と診断されるのは、高LDLコレステロール血症、高中性脂肪血症、低HDLコレステロール血症の場合ですが、これらの脂質代謝異常が起こると心筋梗塞や脳梗塞、閉塞性動脈硬化症などの動脈硬化性疾患を引き起こします。動脈硬化性疾患は発症すると日常生活に支障をきたすとともに総死亡の約1/4を占める重篤な病気です。動脈硬化性疾患は、加齢、性別、家族歴以外に糖尿病、高血圧、喫煙、脂質異常症が危険因子となりますが、脂質異常症はこのような動脈硬化の危険因子の中でも重要な因子です。
脂質異常症は長年の蓄積により動脈硬化を進行させますが、早期に介入することで心筋梗塞や脳梗塞などの発症の予防ができます。また適切な治療により動脈硬化の改善も期待できます。脂質異常症を指摘された時に症状がなくても、放置することで動脈硬化が進行し、やがて命を脅かす可能性があります。したがって、脂質異常症を指摘された場合、動脈硬化性疾患を将来発症しないために、早期から治療が必要となります。
リスク管理区分別の脂質管理目標値
脂質異常症の診療では、診断基準に基づくスクリーニングに続き、動脈硬化性疾患の危険度を把握するためにリスク管理区分別の脂質管理目標値を定めます。個々の患者さんの背景(性、年齢、喫煙、高血圧、糖尿病、慢性腎臓病、疾患の重症度)は異なるので、個々のリスクの重みに対応して管理目標値を定めます。
図3 動脈硬化の危険因子1)
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版では、35~74歳の冠動脈疾患一次予防に関する危険因子は「吹田スコア」に基づいて算出し、「低リスク」「中リスク」「高リスク」「冠動脈疾患の既往」の管理区分に分け、脂質管理目標値を適用しています。現在この管理目標値設定に関する流れを専用のアプリを用いて簡単に求めることができます。
日本動脈硬化学会 冠動脈疾患発症予測ツール これりすくん (一般向け)
例えば、60代男性、喫煙あり、LDLコレステロール151mg/dl、冠動脈疾患の既往・家族歴なし、血圧と血糖は正常範囲の場合、それぞれ数値を入力すると「中リスク」と判定され、LDLコレステロールの管理目標値は<140mg/dlと判定されます(表4)。
表4 リスク管理区分別の脂質管理目標値1,3)
一次予防では、動脈硬化性疾患の危険因子(図3)が重複するほど、LDLコレステロールの脂質管理目標値は厳しい値となります。冠動脈疾患の既往がある二次予防においては厳格な治療が必要であり、生活習慣の改善とともにLDLコレステロール値100mg/dl未満を目標に薬物療法を考慮します。
脂質異常症の治療
治療にあたっては、第一に生活習慣の改善が強調されています。生活習慣の改善(食事療法、運動療法、禁煙、体重のコントロール)をしても脂質値の改善がみられない場合に薬物療法に取り組みます。
脂質異常症の食事療法
標準体重の維持、食事中のコレステロール・飽和脂肪酸摂取の制限、食物繊維の摂取の増加がポイントです。特に重要な点は体重のコントロールであり、糖尿病や高血圧などの生活習慣病の原則と同じです。
① 標準体重の維持と内臓脂肪の減少
過食を抑え、適正な体重を維持しましょう。
② コレステロール・飽和脂肪酸摂取の制限
肉の脂身、動物脂(牛脂、ラード、バター)、乳製品は適量を心掛け、n-3系多価不飽和脂肪酸(さんま、いわし、さば)や大豆の摂取を増やしましょう。
③ 食物繊維の摂取の増加
緑黄色野菜、海藻、きのこの摂取を増やし、果物は適量にしましょう(100~200g)。
主食は未精製の穀類や麦などを増やしましょう。
④ 減塩
薄味を心掛け、食塩を多く含む食品の摂取を抑えましょう。
⑤ 適量のアルコール
アルコールの過剰摂取を控えましょう(25g/日以下:ビール中瓶1本 又は 焼酎100ml程度)。
⑥ 食べ方・献立の考え方
野菜や海藻・きのこ類から先に食べる、規則的な食事、腹八分目、よく噛んで食べることを心掛けましょう。 日本食パターンの食事を心掛けましょう。
脂質異常症の運動療法
日常での座位時間を減らし、有酸素運動(ウォーキングなど)を毎日30分/日以上行いましょう。
HDLコレステロールを減少させる主な原因は運動不足と喫煙です。HDLコレステロールを上昇させるためには、運動療法と禁煙以外の方法による効果は少ないため、運動を増やす+禁煙の生活習慣の改善がない限り、改善効果が上げにくいことがいえます。
運動療法は、中強度以上の有酸素運動(ウォーキング、速歩など)をメインに、毎日30分以上を目標に、最低でも週に3回は行うことが奨められます。
禁煙
HDLコレステロール低下をきたす因子に、喫煙、肥満があります。
喫煙は動脈硬化性疾患の原因の中で、防ぐことができる最大のものです。喫煙習慣は男女を問わず、冠動脈疾患、脳卒中、腹部大動脈瘤、末梢動脈疾患の発症と、これら疾患による死亡の危険因子であり、そのリスクを約1.5~4.3倍に増加させます1)。また喫煙は、糖尿病、HDLコレステロール低下、メタボリックシンドローム発症リスクを上げ、総合的に動脈硬化性疾患リスク増加に関与します。
禁煙し、受動喫煙を避けましょう。
禁煙治療は一定の要件を満たす場合には保険適用できます。禁煙を考えている場合は、主治医にご相談ください。
薬物療法1)
個々の患者さんの病態や適応に応じて、各薬剤の特徴と効果を考慮した薬剤選択を行います。家族性高脂血症や高齢者に対しては薬物療法にも重点が置かれます。
表5 主な脂質異常症治療薬
種類 |
一般名(商品名) |
特徴 |
---|---|---|
HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン) |
プラバスタチン(メバロチン)、シンバスタチン(リポバス)、ロスバスタチン(クレストール)、ピタバスタチン(リバロ)、アトルバスタチン(リピトール) |
肝臓でコレステロール合成を抑制するHMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は、高LDLコレステロール血症に対する第一選択薬として推奨されています。 |
小腸コレステロールトランスポーター |
エゼチミブ(ゼチーア) |
小腸においてコレステロールの吸収を抑制します。 |
フィブラート系薬 |
ベザフィブラート(ベザトール)、フェノフィブラート(リピディル) |
コレステロール及び中性脂肪合成抑制作用や胆汁へのコレステロール排出促進などの作用があり、特に高中性脂肪血症に有効です。 |
n-3系多価不飽和 |
イコサペント酸エチル(エパデール)、オメガ-3脂肪酸エチル(ロトリガ) |
魚の油を原料としたEPAを含む製剤で、脂質合成を抑える作用やリポ蛋白の代謝を促進させるなどの様々な作用をもつとされる高中性脂肪血症薬です。 |
その他の治療
家族性高コレステロール血症で薬物でも不十分な場合にLDLアフェレシス(体外装置を用いて血漿からLDL粒子を除去する治療法)や外科的治療法(小腸切断術、臓器移植)などが行われます。
参考文献
1. 日本動脈硬化学会、脂質異常症診療ガイド 2018年版
2. 日本臨床栄養代謝学会 JSPENテキストブック、南江堂、2021
3. 日本動脈硬化学会 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版
4. 日本病態栄養学会、病態栄養ガイドブック、メディカルレビュー社、2013
5. 佐藤和人、エッセンシャル臨床栄養学 第7版、医歯薬出版、2013
6.秦 淳、清原 裕、糖代謝異常・脂質異常症と脳卒中の疫学:久山町研究
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/38/6/38_10407/_pdf/-char/ja
7.田中明、メタボリックシンドロームの現況、日本食生活学会誌Vol.18 No.2、2007
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jisdh/18/2/18_2_103/_pdf
8. 国立健康・栄養研究所、健康日本21(第二次)現状値の年次推移
https://www.nibiohn.go.jp/eiken/kenkounippon21/kenkounippon21/dete_detail.html#detail_02_03_05
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